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『ゲーム依存』を、精神障害に分類すると報じられています。 テレビゲームはわが国が最も得意とする分野です。日本製のゲームソフトは世界で大人気です。世界で売れていることはそれだけのニーズがあったという証であると同時に、日本にはそういう嗜好性の人が多いという見方が出来ます。それは単にゲーム好きな人が多いということかも知れないし、生活に支障をきたすほど我を忘れてゲームをする人々が多いことを示唆しているのかも知れません。 日本が政治に疎いという噂はバブルの前からありました。『政治ベタ』というレッテルは、同時にグローバルな人間関係を苦手とする日本人独特の気質を示唆し、このことが具体的な場面では、たとえば、海外で日本人はいつも日本人同士かたまって『ゴルフのスコアをどれだけ伸ばしたか』とか『商売(ビジネス)でどれだけ儲けたか』という話ばかりして、外人との交流を深めようとはしないと揶揄される原因となっているのです。 日本人が外人をコンプレックスに感じるのは、戦争に負けたからだという人がいます。実際、明治時代の日本人は背丈がとても小さいのに、どこへ行っても外人に臆することなく堂々としているように見えます。日本人にはそうした燐とした面もあったようですが戦後はそうではありません。 一体どれが本当の日本人なのか。どれも本当の日本人なのでしょうけれども、日本人がグローバルな人間関係、いえ端的に言えばパラレルモードな浅くて同時進行的な対人交流を苦手とする気質は”職人気質”に由来し”侍気質”とも関係深いのではないでしょうか。島国だからそれが濃厚になったのかもしれないし、島国にはそうした人々が移り住みやすい魅力があったのかも知れない。 確かに日本人の多くは製造業に就きますし、戦後の『ものづくり=加工業』はわが国の代名詞でした。日本人は物を加工することを得意とします。 だとすれば、この体質は発達障害の遠い延長線上で重ならないでしょうか。発達障害は物質に関心を寄せ対人交流に関心を薄くしか表現しません。職人気質とは”人懐っこくない”ことを美徳としていてWikipediaでは、 ――職人気質(しょくにんかたぎ)という言葉がある。これは「自分の技術を探求し、また自信を持ち、金銭や時間的制約などのために自分の意志を曲げたり妥協したりすることを嫌い、納得のいく仕事だけをする傾向」、「いったん引き受けた仕事は利益を度外視してでも技術を尽くして仕上げる傾向」などを指す。 と紹介されており、現在こうした気質の人がグローバル化した組織にいたらマイナーなはずです。こうした粗雑な観察ですら骨子の部分が似ています。日本人の脳はグローバルな交流をする民族に比して物質依存的であると言えないでしょうか?なぜなら識者は日本には『職人気質を尊ぶ風土がある』とも述べているからです。 物質への愛着の強さは、手先や感性の細かさと相乗的にゲームソフトの開発を促進し少し以前ではアニメ文化を世界へ配信しました。世界の特許の約60%は日本人によるという点も、物の改良や工夫に愛着を寄せる人の層が厚いということとして符合します。日本人は世界に比して発達障害気味なのでしょうか。 そういえば、日本は何年も連続して家庭内の性交流が世界最低でした。夫婦の性交流は、フランスやハンガリー、ギリシャが覇者となっても決して日本が覇者となることはないのです。日本人は、家庭内の感情交流が希薄で目を合わせて話をせず、もくもくとスケジュール通りの毎日をこなすのです。機械チックなこの様子を世界と比較したとき、私たち日本人ですら少し変だと思います。 ゲームへの強い傾倒は個々の個性と深い関係にありますが、民族全体として素質を持つと考えられます。それは、ゲームに限らず『物の扱い=加工』というテーマに対する関心であり、それは人への関心と対極なのです。 もし、こうした推論が事実にとても近かったなら、日本にはゲームによって日常生活を破綻させる人々が多いはずです。 ところが、人間の行動は複雑な要素で紆余曲折しますので、一概にひとつのテーマでかたられるものではありません。濃厚な学歴主義はゲームへの没頭をある程度妨害するかもしれません。むしろ、学歴志向の弱い国では自由を与えられる分だけ被害が大きくなるかも知れません。 近年、アディクションは脳の形質異常で起きると言われるようになりました。ピアメロディは依存的な性格は幼少期のトラウマで起こると述べていますが、おそらく胎児時代のホルモン曝露の多少によって脳が発達障害気味となり、部分的に依存様な体質を持つようになったのです。 それがギャンブルに出るのかアルコールに出るのかは誰にも分かりません。ただ、下に記した記事で専門家が指摘しているのは、対人関係が上手く行かない人や社会に取り残された人、孤独感を強く感じる人などが依存症になるとされます。これは、発達障害の人と符合します。だから、これらの憶測を更に拡大させることが可能なら、ことの流れは次のようになります。 『発達障害様』⇒『アディクション様の行動』⇒『怒り』⇒『・・・犯罪??』 ※アディクションの人が、いつも犯罪を起こすという意味ではありません。 少なくともアディクションは脳の形質の異常で起こりますので、それを何とかしないと治りません。アディクション患者は、自分のことを異常者よばわりする家族や親類を怒りますが、しかしながら実際のところ、自力でアディクションはなかなか治らないのです。なぜなら、それが過去の体験によるショックではなく体の病気である可能性が(最近の研究により)ずいぶんと分かってきているからです。 そして、ゲーム中毒(アディクション)者が最も似通う(既出の)分類は『病的賭博』だと専門家は述べています。病的賭博とはギャンブル依存症のことです。パチンコの玉の落ちる変化に酔いしれ負けたことへの後悔を感じる脳の細胞が働かず、(恐らく)社会参加を苦手とするタイプで、事務処理や責任あるポジションを守る素質に欠け、コンプレックスや困難、課題への回避感がそうした非社会的な遊びに駆り立てるのではないか。 URLの記事を整理すれば、こうしたアディクションになる可能性は ・対人能力の低さ ・社会的弱者 によって高まるとされますが、実のところ体質によって発現した可能性が高い。しかし、ゲームが上手な人はゲーム上のスコアを伸ばすことで快感を感じやすいため、素質が更にゲームへの傾倒を促進させると言えるはずです。 ところが、推論としての胎児時代のホルモン曝露の多少はあくまでも個々の環境なのであって、個人レベルでのゲーム好きを語れても日本人全体のゲーム好きや物質に傾倒しやすい民族気質を語れない。 民族全体を把握するには、全体に共通のマクロな材料が必要です。それは、気候や土地の特色、食生活などですが、日本民族をゲーム好きにしてしまう要素は一体なんでしょうか。どうして、日本は『職人の国』と呼ばれるのでしょうか。 ある研究では、植物の中にある物質が人体に女性ホルモン様の作用をし、その結果男性ホルモンが促進されると述べています。それによれば、そもそも環境ホルモンのほとんどが女性ホルモン様に作用し、野菜類などに含まれる物質も例外ではなく、最終的に男性ホルモン様の働きを促すと言います。 男性ホルモンが胎児に過剰に分泌されると左脳の発達を著しく止め、その結果、言語能力とコミュニケーション能力が未熟な発達障害(LD=学習障害児やADHD=注意欠陥多動性障害児)となる可能性が示唆されています。こうした児童はやがて社会的弱者となりやすく、しかも素質的に物質への傾倒が強くゲーム依存となりやすいのです。 ※自閉症児は回転する物や光る物など物質への過剰な愛着を示します。 『ホルモンによる脳の形質異常』 『アディクション』 『・・・犯罪??』 『遺伝的な素質』 ⇒ ⇒ ※アディクションの人が、いつも犯罪を起こすという意味ではありません。 日本人は米や穀物、藻類などを伝統的な食材としたことで、植物に含まれるアンドロゲン様物質を長年摂り続けたことなどによって、肉を主食とする民族に比べて物質への愛着が強いのではないか。 こうした推論はある人にとってはとても魅力的ですが証拠がありません。 さらに、戦後の欧米化(と社会が裕福になったこと)が、幼少時代から個室を与えることで個人化を促進し、『甘やかし』と呼ばれた戦後独特の奔放な躾がそれぞれ重なっていると考えられそうに思います。 [参考記事] ・ゲーム依存を、精神疾患として分類か?米学会 http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0706/15/news075.html ※ここに述べた内容は、多分に推論や想像を含んでいます。裏づけの不足している事柄もありますので、疑問に思う方は、ご自身で専門書などでお確かめください。当方では、入手できた文献や資料からストーリー化したものを掲載しています。
Excite エキサイト : 社会ニュース 聞くところによれば、給食費を払わない親のうち、払えるのに払わない親は全体の6割だと、各学校からの返答(回答)が集計されたと報じられています。給食費を払わない親は「給食がまずいから払いたくない」と言いますし、給食費を払っている(と思われる)親の中には、「お金を払っているのに、どうして『いただきます』といわなきゃならないのか?」と言います。いずれも、報じられているものばかりです。 しかし、そうした親たちには、先生が集金に来ればお金を払う人が多いそうです。確固とした信念があるのではなく、一種の甘えのような原理が働いているようにも想像できます。 いまや、日本人の何割かを、打算を最重視して生きる人が占めています。それは、少し古い世代の作った、消費最優先のライフスタイルです。かつて、戦後の復興の延長として、大消費時代がおとずれ、日本人は高所得を目指して「日本人総中流家庭」と言われた時代もありました。 当時の子供たちの何割かは、目前の打算に敏感に育ったのでしょうか。それは、一概に悪いことではありませんが、少なくともそれ一色に染まることは危険です。 明治生まれのある女性は、「お金をくれ」と、突然たずねてきた男性に、家まで帰る交通費を渡しました。男性は、古い傘を置き、「必ず返金しにくるから」と言い残して去ったと言います。老女はその後何年も何年も男性が来るのを待っていました。ついに、老女が亡くなるまで男性は来ませんでした。 打算を最優先にする人は、見知らぬ男性にお金を渡さないかも知れません。そして、そういう場面でお金を渡す人を、打算が利かない人として、蔑むかも知れません。 しかし、人生とは、お金を集めるだけのものなのでしょうか。お金は、人間が作り出した衣食住だと言います。それは、動物にとっては、餌となる獣の肉と同じ価値があります。人間は、そうした衣食住にだけ愛着を感じ、生きるためにだけ生まれてきたのでしょうか。 人間が生み出す文化には、打算に不合理なことが沢山あります。自分の利益にならないことを甘受することが、人間にだけ在り得るのです。だから、多様な文化が生まれるし、芸術も生まれるのに違いありません。 また、礼節とは、他者にだけ向けられたものではありません。それは、神仏のような人間を超越したものへの「畏敬の念」で行われる面も持ち、教育の頂点とセットになっています。 つまり、そこには人間の人生をある種否定するような高尚な価値観があり、人間の人生が非生存と生存を調和させているという事実の認識がベースとなっているのです。 人間が、人生に愛着を感じることを、人間が邪だと感じたり、不純だと感じる一面が文化に入り込み、生と非生(死)を調和させるところに、礼節の必要性が生まれます。 悪い事をした人は謝罪をします。何かを施してもらったらお礼を言います。全てが悪くもないが良くもない、そうした中庸な人生に礼節を取り入れる事で、人間は人生の罪滅ぼしを自分自身にしているのです。 食事をするときの礼節「いただきます」は、給食のおばちゃんにだけ言うのではなく、自分自身に対して言っているという事実を、少なくとも、給食費を支払わない親たちは知りません。 そして、打算にだけ価値を見出す親が育む価値観を、子供たちはどう受け継ぎ、消化していくのでしょうか。教育は、人間性の向上を含んだ、幅広いものだと思うのです。 人生に打算は必要ですが、打算に走れば走るほど、それにバランスをもたらす優しさや奉仕性、博愛のような精神が必要に思います。どちらに偏っても有害ですが、バランスが保たれるときに、人間らしい人生が可能となるように思います。 給食費を払えるのに払わない親は、その態度が波及する負の効果をご存知ないはずです。子供の人格は、何気ない親の態度の作用を強く受けます。 または、子供の教育とは、親がするものではなくて、学校など公的機関がするものだと誤解しているのかも知れません。自己責任を出来る限り少なく減らそうとする傾向もまた、最近のブームとなっているからです。 ※所得の低い人が、然るべき方法で費用の免除を受ける事は合法です。この記事は、払えるのに払わない人を対象に述べています。 ※文中の「神仏」とは、本来はひろく自然などと言うのが良いのかも知れません。こちらでは、神仏としたので、原始仏教の原理である中庸という言葉を使っています。 ※給食費を払わないことと、作法を軽視することは別問題ですが、そこには、食事(食材・食行為)を軽視するという共通した観念があると推察しています。
Excite エキサイト : 芸能ニュース 離婚は、結婚後の偶然の出来事で起きるというよりもむしろ、性格の中の素因に加え、関係性や立場の不合理性が大きな影響を及ぼしていると言えます。 つまり、性格的な要素のほかに、結婚する時に、既に離婚しやすい条件のようなものが複数あって、それらがある程度揃うところに、離婚が生まれるのですが、そこには心の底流にある, 人格形成上の要素が絡んでいると言う意味です。 アメリカの研究者が、離婚しやすい人を、統計から述べています。 最近の調査報告では、結婚する相手の職業、収入、付き合いの期間、初婚かどうかなどが、将来離婚をする危険があるかどうかの指標になるという。離婚は、二人の間に子どもがいる場合、子どもにかなりの心理的負担をかける。しかし、状況次第では、子どもが、両親の離婚によって精神的負担から解放されるメリットもあるという。 米国人夫婦の約40%は離婚を経験する。 多くの研究報告は、離婚に向かう両親のいがみ合いを見た子どもたちが、精神的な影響を受け、自信喪失にはじまり、うつ病、不安、果てには凶暴性を示すようになると指摘している。次に被害を受けるのは女性。離婚で財政的なトラブルに陥ることが多いという。 米国の学者は、何が離婚の要因になっているかを研究している。その主な要因とは (1)両親が離婚しているか (2)配偶者と同じ宗教を信じているか (3)結婚時の年齢 (4)同棲の期間 などという。 いずれかの両親が離婚していると、そうでない夫婦に比べ、将来離婚する危険性は、2倍高くなる。夫婦の信じる宗教が異なると、やはり同じ宗教を信じる者同士より離婚率が高まる。 結婚時の年齢は、十代の結婚の場合、離婚の危険性は高くなる。早婚は、お互いに未熟な点もあり、また結婚を長続きさせるスキルにも欠けている。さらに伴侶の組み合わせがミスマッチの場合も目立つという。デンバー大学の研究者スコット・スタンレー氏は、十代の結婚は、最も離婚の危険性があると指摘する。 結婚前に同棲していたカップルは、離婚の危険性が、そうでないカップルに比べ、35%増大するのと研究結果もある。同棲相手として、お互いに“やや危険な”人物を選ぶために、将来の離婚の危険性が高まるという。 ウェスタン・ワシントン大学の社会学者ジェイ・ティーチマン氏は、3年前に、夫婦が共にカトリック教徒で、高等教育を受けていること、また年齢差がほとんどなく、双方に結婚前に子どもがいない場合、離婚の確率は低下するとの研究結果を公表している。このうち、年齢差を例に取ってみると、妻が夫より5歳以上年上の場合、離婚の危険性は8割高まるという。 こうした離婚の危険性はどうすれば回避されるのだろうか。前述のスタンレー氏は、夫婦が生活を共にするという「誓約」を守り、問題がまだ大きくない段階で、それから逃げ出すようなことは避けるべきだと話す。 スタンレー氏は、夫婦は、困難な状況を乗り越えると、関係が良くなると述べる一方、一見ひどい組み合わせの夫婦でも、意外と長続きする場合もあると話している。 ペンシルベニア大学のポール・アマト教授(心理学)は、子どもにとっては両親が離婚しない方が望ましいが、家庭内での暴力や、絶え間ない口げんかは、子どもへの心理に悪い影響と与えると指摘。こういう場合には、子どもにとっては、両親が離婚した方がいいこともあると話している。[2005.8.15の記事] なぜ、熱烈に愛し合った男女ですら離婚してしまうのか。離婚の直接の原因は、夫婦の性格上の不一致ですが、その背景には、まだ確かめられていないけれども、疑わしい、別の、いくつかの要素がありそうです。 たとえば、私が書いた男性回避症候群は、女性が先天的あるいは、後天的にも男性を嫌ったり、男性に不信感を抱くような性格を扱っています。 こうした性格があると、結婚生活のあちこちに支障が起こるかも知れません。本人には、忘却した記憶を自覚するすべがありませんから、もっぱら、鼻につくのは夫の言動であるはずですが、その気分や感情を支えている本当の理由は、少女時代に体験した父親の暴挙や男性に対する母親の態度だったのかも知れません。 この記事で述べられている4つの離婚因子は、それを改善することで婚姻を長持ちさせる可能性があると認識できそうです。 また、離婚には、時代背景というものがあるに違いありません。男女がすれ違うことこそ、離婚の原因だと言われていますので、男性と女性の違う点が、浮き彫りになるような条件が多いことは、離婚に拍車をかけてしまうことでしょう。 こちらの記事に関して言えば、結婚する際には、男女の性格の一致は無論のこと、結婚を安定にさせる条件を増やすことが肝要だといえます。 それは、経済的な努力をすることと、精神的な一致に力を注ぐことです。経済的な努力を、働き手である男性がリードするとすれば、精神的な一致への関心は、女性が持ち続けているという事が出来ます。女性は、男性との会話や時間の共有を望んでおり、男性のこの点のモチベーションが低いという事実が、男女の間に溝を作ることは間違いありません。
男性のオーガズムは射精を起こすこととセットになっています。 これに対して、女性のオーガズムはどうして存在するのか。この疑問は過去から存在し、機能上の必要性についていろいろ語られてきたようです。 この、女性のオーガズムに関する研究が報じられています。 -2005.7.22- オランダ・グローニンゲン大学の研究チームがこのほど、欧州ヒト生殖・発生学会(ESHRE)の総会で、女性にオーガズムがある理由を解明する鍵となる研究成果を発表した。 同研究チームは、女性13名、男性11名の協力を得て、それぞれがパートナーとオーガズムに至るまでの脳の状態をスキャン装置によって詳しく調べた。だが、男性は、オーガズムの持続時間が、装置が解析するのに必要な2分間に満たないため、重要な結果は得られなかった。 ところが、女性が平常時から、偽のオーガズムの演技を経て、パートナーの愛撫によって本物のオーガズムに至るまでの脳の状態を調べると、驚くべき結果が得られた。偽のオーガズムの時は、大脳皮質をはじめ脳全体が活性化していたのに対し、本物のオーガズムになると、大脳皮質を含む脳全体に大幅な機能低下が見られたのだ。特に、ヒトの恐怖や不安の条件反射の中枢である扁桃体の不活性化が観察された。 この結果について、研究を率いたグローニンゲン大学のホルステージ教授は、「オーガズムの間、扁桃体が機能停止することで、恐怖やストレスによって行為が中断されることを防いでいるのでしょう」と述べた。そして、同教授は、「逆に言えば、扁桃体の機能を停止させるために、女性にオーガズムがあるのかもしれません」と指摘した。 この研究は妊娠について進められたようです。オーガズムによってしばらく動けない、あるいは起き上がりたくないということが、生殖器の構造上必要だということになりそうです。 ただ、こうした肉体的な利益のみならず、女性のオーガズムには精神的な利益もあると私は考えています。 たとえば、女性が見せるあえぎ声とかため息はどうしてなのでしょうか。 どうして女性の官能表現には、笑顔(大笑)とか、悲しみとか、もっと色々な個人差というものがないのでしょう。 これは、男性の性的感性が思うよりも一様だという点に答があると思います。つまり、女性の20倍ものテストステロンが分泌される男性の体は、単に性欲過剰と言うだけでなく男性的で攻撃的つまりサディスティックなのです。そして女性の内面にマゾヒスティックが潜在することは有名です。 すると、男性の性的歓喜は”喜びと苦悩が入り混じった複雑なもの”である方が、満面の笑みや大笑に比べて勝るはずです。 実際、女性の性交時の態度は苦しいのか嬉しいのか分からない困惑した声と表情を見せます。しかし、男性の方もまた、射精の際に満面の笑みを見せるケースはなく、一般に苦悶します。 つまり、男女の性交時の最も代表的な反応すなわちオーガズムは、両者とも必ず苦悶が含まれた態度をすることにより、困難や障壁を乗り越えて行われたと言うファンタジーを与え合い、次回も性交が再開されやすいように高揚感を与え合うという儀式めいた遺伝規定性が存在していると考えられます。
女性のオーガズムが、一般に技術的な理由で起きない(起きにくい)という前提で進みます。AV女優がいつも本当にオーガズムに達しているかどうかは、視聴者には永遠に分かりませんが、少なくとも性的に解放された女性はまだまだ少ないものです。 女性がどのような環境におかれた時に、オーガズムに達しやすくなるかを大きな統計を元に述べた文献が手元にありませんのが、いくつかの研究者による報告はあります。 時代が大きく移り変わっても、気分や感情の上下が女性の官能に直結していると思われますので、オーガズムと言う官能のピークというものは女性の気分や感情を充足させることから始まると考えられます。 女性の感情は、大きなスパンで動く年単位や月単位のうねりと、小さなスパンで動く週や日単位のうねりがあるように思います。小さな日・週単位のうねりは大きな判断をするためのものではなく、イライラや笑いと言った感情・気分を司っているように感じられます。 一方年単位などの大きなうねりは、女性の生活や人生を大きく更新するような重大な判断をする基となる感情・気分を司ります。 ですから通常女性は男性の態度や扱いが相当酷いものであっても、見切りをつけて違う生活へ移ると言う判断が長期のスパンで制御されるために遅くなりがちだと言うことがいえると思います。 どうして、このような一見無関係な話から始めたかと言いますと、女性のオーガズムは能動的な感情で生まれにくいもの(時代の移り変わりで、どんどん変化してはいますが)だという経験則があるからです。 つまり女性のオーガズムは局所で達することが出来ますが、それは、年単位の感情曲線や気分曲線の総合によって更に大きく左右されるからです。 極端には、悩みの対象である男性と当面解決の可能性が見いだせない関係だとして、平均的な性欲を持つ女性がなかなかオーガズムに達しないのはよくある話ですね。 この傾向は男性にも見られるものですが、より女性に顕著な傾向だと私は思います。これが事実だとすると、女性がオーガズムを体験するための条件は局所への刺激だけではないと言えそうです。実際このような想像は多くの体験と一致するように思います。 性交の手引書(?)には、ムードを出すために、そして、恥ずかしさで気が散ってしまわないためにも部屋の灯りを暗くするのが良いと書かれています。 この他にも、部屋の温度や音楽、声の漏洩、清潔不潔、デザインや色合いの趣味性、ゆっくりと時間がとれる日であることなど、様々な要素が紹介されています。 そして、そうした条件が満たされたことを前提として、女性の五官が刺激を受けてやがてオーガズムに達するというのが想定された流れです。 ただ、女性の中には「夫とのセックスで一度もオーガズムに達したことがない」とか、「セックスそのものでオーガズムに達しにくい」ということが過去からよく指摘されてきました。 すると、男性を好きでも、あるいは男性と今日はセックスをする(に違いない)と頭では分かっていても、そして先述の環境条件を満たしたとしても、女性はオーガズムに達しない場合があるということになります。 ※もっとも近年ではこの限りではなくて、気合を入れたり頭を切り替えることの出来る女性も現れてきており、セックスフレンドと割り切った男性とのセックスでは容易にオーガズムに達するようです。今日のテーマでは進歩的なこのタイプは含みません。 酷い失敗例も無数に存在し、バイブやローターを使っても女性を喜ばすことが出来ずに消化不良のようなセックスを体験するカップルもいることでしょう。 女性の気分を良くする条件は、目の前の女性の内面に存在します。それをよく勉強して知る以外に方法はありません。それらは個人によって異なる一面もあるからです。一般化された教科書は、現場では使えない場合がある(と、ホストやプレイボーイが言っています)ので、自分で女性をよく観察してベストな方法を常に探究することが大切です。 しかしまた、女性全般に潜在する傾向があるのも事実です。つまり、女性の喜びは男性の喜びでもあり、女性を喜ばせる要素は女性性よりもむしろ人間性の中にあるのではないか。ここでは女性の気分を良くする諸材料が、”女性の人格を維持する努力とともにある”という視点で進みたいと思います。 ある女性がセレブ志向だとしますと、そのお付き合いにはお金がかかります。彼女が喜ぶお店やサービスを転々としてデートをする中には、彼女の個人的な嗜好性を満足させる条件が存在しています。 あるいは男性のリードを強く求める女性もいます。知らない情報や知的会話をしてくれる男性に興味を示す女性は多いものです。誰もが持つような単純な夢でもなく、確信と努力が調和した人生観を持つ男性に女性の多くは弱いようです。野心とか向上心、現状脱皮願望、バイタリティなどは今お話した男性に共通した言葉です。 しかしある女性では冒険やリスクを嫌い、平均的で一般的なサラリーマンとしての人生を望みます。かつての日本ではこの男性観を持つ女性が主流でした。今ではサラリーマン文化が崩れようとしていますので、女性の男性観が曖昧になってきました。恋愛と結婚では選ぶ条件が異なると言う話題も人気です。 女性の歓喜は高揚で支えられる。気分や感情の高揚は男性によって決まると考えれば、オーガズムは女性から見た男性像の延長上にあると言うことが出来ます。 気分や感情が女性の官能に重大な要素となることは、男性に比べて性欲が弱いということとセットになるのかも知れません。 専門家によると、男性の亀頭と女性の陰核は同数の神経組織が配置されている分体積の小さな女性の方がより敏感に作られているそうです。 しかし、そうした器官的な能力の高い女性の方が、いろいろな要素のおかげでオーガズムに達しにくいということになります。だから物理的なオーガズムではなく精神的なオーガズムの考察が必要です。 ベッドで甘い会話をはじめたり、彼が少々ステータスの高い男性であることが女性の自尊心をくすぐります。女性は特に自己のステータスを”繋がっていく対象(人、場所、お店、乗り物、特権、経済など)”に同一視させます。相手のステータスが自己のステータスを決めるのです。 そういうわけで、その男性は女性の願望の鏡写しと言う一面を持ち、女性の嗜好性に一致したいくつかの面を持っていたのですが、今日この女性が彼の前でオーガズムに達するかどうかは先日のデートでの思い出や、一ヶ月前のこと、その男性にまつわる数々の思い出に支えられていると言っても決して過言ではありません。 恐らく女性の今日の感情や気分は、今日のジョークと食事と観光だけで形成されたものではないはずです。これまでの心地よい体験が蓄積されて、その「男性自体」が自らの快感となり、その快感のピークがセックスの際のオーガズムだと考えられます。 女性のオーガズムは初回がとても難しいことが分かります。一度達すると内分泌が起こり連鎖反応的に続きやすくなります。 初回のオーガズムが「起きる」か「起きない」かを、女性が 「男性の人格が自己の人格と同一視出来るかどうか」 で決めていると思われます。 ※これは局所で簡単に絶頂に達する体質の女性を除外して扱っています。また、経済的な目的志向性だけで男性との恋愛観を決める女性も省かれています。つまり、理想とされる「人柄や感性、人格、価値観など総合的な魅力で異性を選ぶ、メジャーなタイプ」を対象にしています。 日本の社会通念では「官能は恥」と決まっています。伝統的な女性教育を受けて育った女性にはこの羞恥心が完成されていますので、羞恥心を打ち破って絶頂に達するには伝統的な通念を覆す「体質」「価値観」「男性」のいずれかが必要です。 イキやすい性格(体質)、気にせずイって良いと思えるセックス観、あるいは安心して感じさせてくれる男性であること、これらのどれかが存在することは女性の官能を後押しする好条件となります。 -求められているという感じ- 女性の最大の安心は「求められている」という実感を持つことです。アメリカでは近年I love you.よりもI need you.の方が人気があると言います。必要とされている安心感は、男女に共通かもしれません。 相手が欲していると女性が感じるのは、勿論その行為が熱心であることもさることながら、セックス以外の様々な場面で自分が好まれている(求められている)かどうかが大きな座標となっています。このことは、「好きでなければキスはできない」というジンクスと同じくらい事実に近いと思われる「好きでなければ見つめ合えない」に通じると思います。 ※好きだと目を見れない・・こんな印象を持つ方もいるでしょうけれども、ここでは先述の通り、メジャーな系統のお話となりますので、世間でミドルクラス以上の快活で広汎な人間関係を交流させている人々にとっては、好きになればなるほど相手を見つめて話すことになると思います。また、対偶の真で、好きになれば見られることに不快感が減じ、快感を生ずるということにも通じます。 ですから、男女の恋が生まれる殆どのパターンとして、ほんのちょっとした視線に気づいたり、あるいは他よりもほんの少し長い視線などがそのきっかけとなるのは原理に忠実なパターンといえます。これは見られたから気になったのではなく、既に好ましい部類に入っていたわけです。 そして、女性は好きになれば相手をよく見ますし(=快感)、好きになれば見て欲しいと願望するようになるのですから、女性から高いテンションで好かれるということがどれだけその後の官能に影響を及ぼすかが想像できます。 しかし、女性から好ましいと思われるためには”求められること=安心感”を感じてもらえなければなりません。求めるだけなら誰にでも出来そうです。女性が相手を好ましく感じる要素を分析しておく必要は大です。 女性が相手からの求愛を何で察知するかは、数々の女性自身の言葉も含め、理屈や理性ではなく自分が「その男性を欲しているかどうか」であるようです。つまり女性は自分の感性に忠実な気持ちを持つということが言えそうです。 これは、裏を返せば”女性は自分が好ましいと感じる男性群なら、男性の求愛行動を読み取ることが出来る”、とまあ、ここでは少々極論にしておきましょう。 ※原理を追求しているので、すべてがこの通りではないことは承知していますが、女性の特徴としてまずはこのように挙げてみました。 ”女性は好ましいと思わない男性の求愛行動をきっと(興味を持たないという理由により)気付かない”わけです。女性が男性への関心を持ち合わせていないから、男性が自分をアピールしても女性には邪魔なだけの存在ともなりかねません。 この悪循環を解消するには、女性の好みの範囲に自分が収まっていく必要があります。女性の好みの男性になるには条件に従うことが必要です。ひょっとすると、今更どうすることも出来ない理由によって貴方は彼女から除外される可能性すらあることになります。 こうしたお互いの相性は、恐らく何よりも恋愛を左右すると考えられます。お互いに好ましいと感じられる相手との恋愛で、十中八九女性がオーガズムに達するわけではないという現実をこれまで考えてきました。 これまでの考察では、 ・女性は好ましい男性にしか興味を持たない ・女性は好きな男性と自分を同一視する ・女性は男性の一部(あるいは多く)に高ステータスを望む ・女性は求められているというシチュエーションを好む ということが分かりました。 『つまり整理すると、女性は比較的好ましい男性に惚れやすいが、求められるというシチュエーションに弱い面がある。そして、彼を恋人に選定する条件には自分よりも高い面を持つことが含まれ、この点を尊敬し誇りや自信として共有したがる。そして、そうした高い面を持つ彼が理性を中断させて自分に欲情し夢中になり、自分を激しく求めてくるというシチュエーションを好む。』 ということが言えそうです。つまり女性は、自分による性的自己評価を苦手としているきらいがあり、自分の性的評価、官能的指標を男性の欲情のテンションで決めたがっていると言うことが、この段階で推論として出てきます。 女性が男性を選り好みするのは、男性が女性を選り好みする原理と同じかも知れませんし、一部が同じであとは違うのかも知れません。 女性がオーガズムに達し易い環境とは、体調不良や精神的悩みなどがないとした上でいくと、 ・女性は比較的狭い範囲の好ましい男性にしか惚れず ・激しく求められるというシチュエーションに弱い面があり ・恋人に選定する条件に、自分よりも高い面を持つことが含まれ ・高い面を持つ彼が、自分に欲情し夢中になるというギャップを好む などと言うことが分かってきました。 この一連のどれか一つだけ満たしても、恐らく女性はなかなかオーガズムに達しないと考えるならば、上の4つの項目を全て満たせば女性をオーガズムに導く確率は高まりそうです。 女性のオーガズムの条件が幾分分かりかけてきたところで、このギャップについてもう少し考えてみたいと思います。 つまり、女性はセックスを想定した男性に対して、自分の中に無い物を見出したり、自分がコンプレックスとしている面で秀でていることを願望しているようです。 もし男性の多くが女性をまず性的パートナーとして捉えたり、自分をサポートしてくれる(つまりアシスタント的な対象)人として捉えていたとしたら、正に女性の男性観と男性のそれとは対照的です。 女性が男性にリーダーシップを求めたり自分への擁護を期待するとすれば、そのために女性には男性への依存心が生ずることになり、この依存心の目的を成就するためには、女性の欠点(コンプレックス)をカバーできる男性である必要が芽生えます。 女性が男性に何らかの形で自分の人格や性格、あるいは得手不得手なテーマを重ね合わせると言う無意識的な心理は、依存心から生まれたのか、それともどこか別の理由によるのか、この段階ではまだはっきりしません。 ただ、女性の持つ男性観や、自分自身への戒めを含む女性観が、深く交際する男性に向けられているとするならば、セックスの際に女性がギャップを好ましく思う動機として感じられます。 つまり女性は、彼が自分に性的に欲すれば欲するほど、その欲情のテンションが平素の理性や尊敬を崩壊させ、この崩壊自体を男性からの自分に対する愛情だと錯覚するという図式が成り立つというわけです。 平素尊敬や畏敬の対象である彼を、理性的(官能に絡めて)にダメにしてしまうほど、自分自身の性的な魅力や官能的価値が高いと認めざるを得ない独特のシチュエーションが演出されることに、女性は深い満足を得るのだと考えられます。 このことは言葉を換えて言うならば、女性が社会的に学ばされた伝統的女性教育であるところの因習つまり、官能を羞恥の対象とするということに対するリスクの大半を、交際する男性に肩代わりしてもらうということを間接的に言い表していると思います。 男性の立場からすれば、女性のこのような(※)同情すべき境遇を理解した男性から順番に、そういった不安や心配を取り払うことが出来るかどうかと言う点にも、好きな女性をオーガズムに導くことが出来るかどうかの鍵が隠れていると言うことが出来そうです。 ※同情すべきと述した点・・それは女性のこの点は生のままの素質というよりも、むしろ伝統的な社会教育によってなされたと察するからです。女性の性的様式は、社会全体の願望によって制御されていると考えます。 女性の性的歓喜は男性のためにあると言う方が事実に近い。そして、女性が複雑な精神を持つことから、歓喜を誘う方法はこれ以外にも色々とあると思います。決して単純な王道があるわけではなく、その基本は女性の人格を自分と対等に扱うと言う基本的な友情から発展していくと私は思います。このテーマでは、そうした意味から、女性の心理や立場(無意識・無自覚を含)を中心に著してみました。
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